2007年05月21日

チリにもあった「太平洋戦争」

P4300004.JPG 明日は「イキケの海戦記念日」で休日です。19世紀後半、チリ北部にあるタマヤ銅山、カレコレス銀山又、その当時発見された硝石によって繁栄を謳歌しました。硝石の発見は隣国のペルー、ボリビアの脅威となりました。チリ北部地帯はスペイン殖民時代の名残で、国境線が定義されていませんでした。その為、遂に1879年、硝石の所有権をめぐってペルー、ボリビアと戦争が起こり1881年まで続きました。この戦争を「太平洋戦争」といいます。陸戦はもとより、海戦においても大勝利をし、領土を拡張して硝石地帯のほぼ全体を手に入れました。海軍の活躍は目覚しく「イキケの海戦」は記念日にもなるほどでした。有名な帆船「イスメラルダ号」に代表される「チリ海軍」の名が世界に知れ渡ったのです。こうした「海軍」が太平洋を渡って日本海軍と親交を深め「第2次世界大戦、太平洋戦争勃発時に南米の中で最後まで日本と国交を断絶しなかった国になった」のかもしれませんね。
 ところで、この海軍の軍港の一つに世界遺産で有名な(といっても日本人には馴染が薄いのですが)バルパライソという港です。バルパライソは首都サンチャゴから高速道路を使うと1時間30分ほどにあります。以前、NHKの「世界の街を散歩する」番組で紹介されましたから、見た人もいると思います。海に落ち込むような山際に色とりどりの家がぎっしりと建っています。車が落ちてしまうような坂もあります。「アセンソーラー」という木の箱のようなケーブルカーがあり市民の足になっています。スペイン時代の建物もあり、博物館にあるようなアンチークなトロリーバスが繁華街を走っています。港はそんな町を観光しに来る大型客船も泊まりますし、日本からのコンテナーを乗せ、シアトルあたりから来た船もいます。また、詩人のパブロ・ネルーダの、彼独特の美意識たっぷりの生活品を見ることの出来る、風変わりな家が見晴らしの良い高台にあります。勿論、海を見ながらシーフード料理を楽しむレストランはあちこちにあります。
 とまあ、最後はチリ観光協会のような文章になりましたが、太平洋の向こう側にそんな歴史と景色があるのです。
posted by nabana at 07:08| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Tracked: 2007-10-07 10:43